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圧巻でございました。
読み終えた直後は、歌舞伎なのかそうでないのか定かではないのですが、まるで目の前の舞台で、今の今までこの「国宝」という物語が演じられていたような、そんな感覚でした。舞台が終わった後、ふーっと座席の背もたれにもたれかかりたいようなそんな気分でした。
下巻途中までは、「徳ちゃーん!」と心の中で叫ぶことが多く、それほどまでに徳ちゃんの存在が大きかったように思います。登場人物の誰を欠いてもこの喜久雄の人生がこのようではなかったと言えますが、それにしてもこの徳ちゃんの存在は大きすぎました。喜久雄だけでなく、喜久雄の周りを陰ひなたで支え、どうにも自分のことを二の次としているように見えた徳ちゃんが、遂に喜久雄から離れるところは、もちろん淋しかったですが、当然のことのようにも思えました。
それにしても波乱万丈な人生でございました。喜久雄はもちろん、俊ぼんも、春江も。長崎から喜久雄を追って大阪に出てきた春江を思い返してみても、物語的に言って、まさかこんなにも活躍するとは・・・というところです。根性がそんじょそこらの根性とは違うという感じです。それは喜久雄も同じでした。これでもかというほどの苦難続きにも耐える、乗り越える・・・。読んでいるこちらとしては、「え、また・・・」「今度は何・・・?」と胸が痛くなることが多かったのですが、彼らがどうにかこうにか前を向く姿に、それもこれも「歌舞伎」が彼らの人生の中心にあるからか、と腑に落ちるところがありました。
歌舞伎については、もう20年近く前に国立劇場で一度観劇したことがあるだけで、演目も演者も覚えていないくらい、興味もなければ知識もなかったのですが、この物語では随所に歌舞伎の演目と喜久雄たち登場人物の人生がシンクロするように歌舞伎の演目についての説明があって、その構成が素晴らしかったです。この構成がゆえに、私のような歌舞伎を全く知らない者にとっても、歌舞伎というものがどういうものかがおぼろげにわかるようになっていたと思います。歌舞伎はよくわからないから、と本書を読むことを躊躇している方がいたら本当にもったいない、わかりやすいよ、と声を大にして言いたいです。
それにしても、どの世界もそうなのでしょうが、歌舞伎の世界も深くて濃い世界ですね。舞台だけでなく、その外に広がっている、歌舞伎役者の奥さん、お弟子さん、代々続く伝統の家系だとか、その屋号を支えるパトロンのような人たちだとかが、舞台を支えるためにどんなことをしているかという点に目をやると、オペラなどの他の舞台芸術とは一線を画す「濃さ」があるように感じました。これこそ、読書の醍醐味。本書を読まなければ知らなかった世界を疑似体験できました。
物語が終わりに近づくにつれ、喜久雄の芸は高みを目指して、凡人にはわからないようなところまでいってしまいます。芸を極めようと突き詰めていくほどに、常人ならざるところにいってしまう喜久雄はどんどんと孤高の人となっていきますが、「そうでなくては」という思いと、竹野のように「もう解放してあげたい」という思いとがないまぜになってきました。そんなとき、語り手は、そんな喜久雄の中にも、新年会で徳治と歌舞伎のまねごとのように踊った喜久雄や、父親の仇を討とうとした喜久雄、劇場の屋上で俊ぼんとキャッチボールをする喜久雄が確かに見えるというのです。
喜久雄は舞台の上を見上げて、そこにいる「何か」を見ます。あぁ、語り手は歌舞伎の神様だったのかな、喜久雄にはずっとその存在がわかっていたのかな。そんなことを思いながら読んだ最後は、自然と涙が溢れてきました。
この本を読めてよかったと心から思いました。
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読了後、すぐに映画を観に行きました。確かにどちらも良かったです。小説を先に読んでしまったので、ふと気づくと違うところを探してしまっていた自分が嫌でしたが(笑)、また違う「国宝」という感じでした。どちらも大作でした。素晴らしかった。


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