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上巻があと少しで終わるというところで、これまで拍子抜けするくらい大家の川端さんなどから評判が良かった父の本当の姿が見えてきだす・・・
自分史を作るために父親が知り合ったフリーライターの真知子が、生前の父親の交流関係を調べていくにつれ、たくさんの人が父を、父の死を煙たがっていることがわかってくる。結局は、金にだらしがなかったということか・・・。そんな父を恥ずかしく思いながらも、関わりを断つことができない洋一郎。
そんなこともあってか、洋一郎は、施設長として働いている介護施設入居者の迷惑人、後藤さんを無下にできないでいる。
その後藤さん。どんな人でどんなことがあったんだろうと思っていたのだけれど、意外な方向での「ダメな父親」だった。簡単に言うと、父親というだけで高圧的に厳しく息子をしつけた「つもり」なだけで、息子からしたらただ押さえつけられたという感じだったのだろう・・・。幸か不幸か、その息子はグレたりせず、極めて優秀に育ち、父親を超え、父親を突き放した、というところか。ここは本当に意外だった。こういう父親や父と息子の関係を身近に知っているわけではないけれど、すごくリアリティがあって、重松清さんの観察眼の素晴らしさに脱帽した。そう、後藤さん本人が言うとおり、虐待とかそういったことではないが、子どもの基本的人権を無視した子育てのなれ果て、という気がした。けれど、後々これは言い過ぎな表現だなと思ってくる。ネタバレになるので詳細は控えるけれど、やはり親と子なのである。最後まで読むとこの親子関係にも変化が訪れる。
真知子さんが調べてくれるうちに、またひとり父の迷惑を被った重要な人が出てくる。小雪さんというかつてスナックのママをやっていて、父のパートナーであった人。その小雪さんは、洋一郎が大学時代を過ごしたにぎやかで雑多な街のシェアハウスに若者と一緒に住んでいる。小雪さんに会って父の話を聞くことがメインの目的なのだが、洋一郎は、自分の職場である介護施設が、高齢者にとって静かに穏やかに暮らせることは確かであるものの、高齢者ばかり集まる施設のあり方に少しの疑問を抱く。多様な世代が闊歩する若かりし頃自分が暮らした街で、お年寄りも活発に暮らす様に思いを巡らす。
このように洋一郎は父(の遺骨)との再会によって、自分の施設長としての仕事についても、何度も思考を巡らす。とても高感度の高い主人公である。
洋一郎はいよいよ遺骨を母と姉に会わせようと故郷に戻る。同時に、母が亡くなった後、再婚相手の墓に前妻と一緒に入るか否かという、母の問題も持ちあがってくる。
正直なところ、お墓問題や、遺骨に会うか会わないかなどが、どうしてそうも重要なのか、いまいち自分の感情がついていかないまま読み進めていた人間として浅はかな私だけど、母が前夫である父の遺骨に会いにきてくれ、洋一郎と姉の宏子を前に思い出を語るところは号泣してしまった。人間は亡くなって姿かたちがなくなっても、はいそこで終わり、とはならない。そんなことわかってるはずなのに、それが胸を突いて、泣けた。遺骨だろうときちんと最後に会って、けじめをつけたというか、すっきりしたというか、そんな母と、父を嫌い続けることで気持ちを奮い立たせていた姉・宏子の涙にもう、涙腺崩壊だった。
たくさん、心に残る言葉もあった。
介護施設での厄介者後藤さんに、父の友人・神田さんと大家の川端さんが言う言葉。かなり自分なりにかみ砕くけれど、「家族だとか家庭だとか子育てだとか面倒くさいものだ。でも、面倒というのと迷惑は違う。老いて子どもに世話をしてもらうことを「迷惑かける」と思ってはいけない。面倒かもしれないけど、迷惑ではない。」
そして、洋一郎のセリフ、こちらもかみ砕くけれど、「悲しさには明確な理由がある。言ってみれば、急性的なもの。しかし、寂しさというものは慢性的なもの。自覚症状がないことも多い。」
・・・深い。
そしてクライマックス、父の遺骨をどうするかが決まり、神田さんの計らいで、洋一郎はやっと父と一緒に、大阪万博の太陽の塔を見ることができる。トラックで通りすぎるだけだから、一瞬なんだけれど、泣ける。そして、父の散骨が終わると同時に、小雪さんが息を引き取ったことがわかる。また号泣。
どうしようもない父だったけれど、姉や息子である洋一郎、さらにはその子どもである父にとっては孫、そしてまたその・・・と命は続いていく。
そのみんなが幸せでいてくれれば・・・ひこばえとはそういうことか。
父の不在による心の穴をようやく埋めることができ、息子にもなれた洋一郎の濃い約5か月が終わった。
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主人公は私より少し上の世代の「オジサン」ですが、共感というか、こう、ぐっとくるものがありました。読了後は、じんわりとあたたかな気持ちになります。誠実で礼儀正しい重松清さんの文章によって、自分の姿勢も正される気がしました。
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