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「岸辺のヤービ」の続編です。またあの優しい世界に戻ってこれました。といっても、前作から間をあけずに読み始めたのですが、読み始めると、なんともいごごちのよい、優しい世界なのです。
前作は主に、ウタドリさんがヤービからきいたクーイ族のお話(ヤービたちの暮らしや仲間の話)でしたが、今回はウタドリさんが教師をしているサニークリフ・フリースクールのこともたくさん出てきます。
この学校、前作で寄宿学校であることはわかっていましたが、どうやら何らかの事情で家族と一緒に暮らせない子たちが集まってくるようなところみたいです。悲しい想像をしてしまってつらくなりましたが、ウタドリさんのような先生がいることに心の底からほっとしました。
さて、ここの生徒のひとり、ギンドロはあることがきかっけでテーブル森林渓谷(ややこし森)へ冒険に行くことになります。ギンドロの願いを、ウタドリさんと学校の庭師カンヌキさんが叶えてあげようということで、3人で出発します。
時を同じくして、ヤービも、セジロ、トリカ、そしてパパ・ヤービとややこし森へ冒険に出ていたのでした。ヤービ達の冒険のきっかけは、トリカの母親の頭痛に効く薬はややこし森に出現するというユメミダケではないかと考えたことです。相変わらずの態度のトリカの母親に対して、トリカは、ママ・ヤービだったらこういうときは・・・という想像をして少し落ち込んでしまいます。でも、自分の母親は病気なのだからと、気丈に自分の冒険の準備を自分だけでします。まだヤービやセジロと同じ子どもなのに、こういうところが大人びているトリカが少し悲しく、頼もしくもあります。
ややこし森では、ユメミダケの影響を受け、トリカはトリカの、ギンドロはギンドロの世界に入り込みます。一気にファンタジーになりました。トリカとギンドロそれぞれの世界での出来事はここには書かないことにします。どう表現したらよいか難しいですが、色んな気持ちで胸がいっぱいになりました。
同時期にややこし森に入った、ウタドリさんとヤービはややこし森で偶然出会います。ヤービがギンドロの手助けをすることになったのです。それもこれもユメミダケの影響のせい(影響のおかで)です。
そして、それぞれ、大好きなマッドガイド・ウォーターに戻っていくのでした。
前作に比べると今回はまさしく「冒険」という感じでした。梨木香歩さんといえば、イギリス。ウタドリさんとヤービが住むこのマッドガイド・ウォーターやその周辺もイギリスの自然が残ったあたりなのだろうと想像しながら読みました。
梨木香歩さんはイギリスでフットパスをよくハイキングされたり、琵琶湖でカヤックをしたりすることもあったそうで、そういったフィールドワークがこんなにも物語に生きているなんて。本当に好きなんだなぁと思いました。自然についての描写が敬意を持って、素晴らしく書かれています。
本書の初めの方で、ウタドリさんとヤービはともに「秋のきもちを知る」者同士ということで、意見が一致します。
ウタドリさんが考える「秋のきもちを知る」ことについて、ヤービに言えなかったことを以下に引用します。
”「秋のきもちを知る」ことの周辺には、わくわくと心おどることも多いけれど、「秋のきもちを知る」ひとには、いつかとても悲しくつらいきもちを味わうときがおとずれるかもしれない、ということ。そのとき、「秋のきもちを知る」能力なんて、ないほうがよかった、なんにも感じないほうがよかった、とその力を呪いたいほどつらいきもちになるかもしれない、ということ。よろこびを見つけだす力は、また悲しみを感じとる力にもなるからです。
けれど、それでも、信じてほしいのです。「秋のきもちを知る」力は、世界をよりよく知るために、神さまがくださったかがやかしい宝石以外のなにものでもない、ということを。
そして、心からよろこんだり悲しんだり、変わりゆく自然を愛おしんだりすることを、決してあきらめないでほしいのです。どんな困難が待ち受けていても、感じるよろこびをバカにして、心を凍りつかせたりなどせず、ただひとつしかない、一本の、ゆるぎない道を信じるように、この力を、信じつづけてほしいのです。ヤービたちにも、わたしの生徒たちにも、そして、今、この話をきいているあなたにも。”
梨木さんは「岸辺のヤービ」刊行時のインタビューでこんなことを言っています。
「例えば私は人に“死に別れる”ことにとてもダメージを受ける質で、そのテーマはデビュー作の『西の魔女が死んだ』に強く出ています。大好きな人が世界のどこにもいなくなる、ということにどうしても納得がいかない。それをどう考えたら受け入れられるのか。」
これを読んだ時、「やっぱり」と思いました。梨木さんの作品をいくつか読むうちに、梨木さんが「死」に敏感で繊細で、恐れというか、その「圧倒的な喪失感」をどう捉えていいのかわからず、そのことを作品にしていってるんだと、私の中で思っていたので、「やっぱり」と思ったのです。
それだけではないかもしれないけれど、それも含んで、おそらく梨木さん自身のような人を「秋のきもちを知る」人と表現したんだと思いました。表現の仕方、言葉の選び方、ウタドリさんがヤービに言えなかったという設定、全てに感服です。
本作の最後のページの挿絵で「つづく」と描かれていました。嬉しいです。また、ヤービたちに会うのが今から楽しみです!
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私も「秋のきもちを知る」仲間になりたいな、と思います。ひとつの冒険を終えて、ギンドロ、そして前作から気になっていたトリカに良い変化があったようで嬉しい読後感となりました。続編が本当に楽しみです。
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