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クラシックを嗜む好青年。というか、自らクラシックを奏でることができる美青年・・・あぁ、もうそれだけでワクワクです。というのは半分冗談ですが(これだから、オバサンって言われるんだわ)、あらすじを知ってからずっと気になっていました。ようやく図書館で借りることができました。
著者の安壇美緒さんという方は初めて知りましたが、すっきりとした文章を書かれるようで、とても読みやすかったです。本書のメインテーマについては、そういえばそんなニュースが一時期世間を賑わせていたな、結果どうなったんだっけというくらい無知ではありましたが、おかげで改めて興味を持ちました。
さて、本作のモチーフはチェロです。チェロか~、チェロについて考えたことも意識を向けたこともなかったなーと思いつつ読み進めると、チェロは音域が広く、人間の声に一番近い音域を持つそうです。
ちょうど本書を読み始めてすぐに、市民オケのニューイヤーコンサートがあり、チェロをじっと見てみました。悲しいかな、耳が良くない(音楽的な意味で)私はチェロの音が良く聞こえたとは言えませんでしたが(むしろその後ろのコントラバスの低音に惹かれた)、ヨハンシュトラウス二世の「皇帝円舞曲」ではチェロの音がよくわかり、そのチェロを弾く方の凛とした佇まいとともにとても印象に残りました。
話を本書に戻しますと、主人公の橘樹は勤務する全著連の著作権を侵害する音楽教室に、スパイ活動のため生徒としてもぐりこみます。この橘、チェロ経験者でイケメンですが、なにやら深いところで問題を抱えているようで、あまり人と交流を持たなかったり、当初はチェロを見るだけで、動悸が激しくなったり、不眠でクリニックに通っていたりします。
「スパイ」という素性を隠していることに心苦しさを感じつつ、チェロ講師の浅葉や、その講師に習っている面々と交流をしていくうちに少しずつ橘に変化が見えてくるよな気がします。そして発表会にも出るほど、生活がチェロ一色になっていきます。
橘と講師の浅葉やチェロ仲間たちの仲が深まるにつれ、そしてチェロにのめり込むにれて、「スパイ」としての活動が心に重くのしかかってきますが、これも業務命令といえば業務命令。時は刻々と進み、ついに、全著連と音楽教室ミカサの裁判がやってきます。当然、スパイとして敵地に乗り込んでいた橘は、証人尋問への出廷に覚悟を決めなければなりません。
この後の展開はぜひ本書をお読みいただきたいのですが、スパイ小説らしく、ドキドキするような場面もあります。確かに「スパイ小説」です。でも派手なアクションもない、「静かなスパイ小説」でした。なんだか不思議ですが、そう表現するのが一番しっくりきます。
講師と生徒のあいだには、信頼があり、絆があり、固定された関係がある。
裁判でミカサの講師が発言した言葉ですが、たとえプロではなくても、師弟関係のあり方を端的に示したいい言葉だと思いました。
橘と浅葉の関係が、人間と人間、個と個の結びつきが、簡単にはほどけるものではないことをあらためて教えてくれた気がします。そして本書では、音楽が、チェロが、その触媒だったような気がします。
奇しくもこの本の前に読んだのが「バイエルの謎」だったので、続けて音楽関係の本を読むことになりました。改めて「音楽っていいな」と思いました。やっぱりまたピアノを習ってみようかな・・・
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予想以上に良い作品でした。当初、樹にとっては気の乗らないスパイ活動で苦しい思いもしますが、最終的にはそれこそが樹の生活を一変させたわけで、気持ちの良い読後感でした。音楽っていいですね~。(気のきいたコメントが出てこないな・・・)
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