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大学生のころ、全国チェーンの大手スポーツクラブでアルバイトをしたことがあります。受付希望で面接に行ったら、シフトの関係か、急な欠員で困っていたのか、真偽のほどは未だにわかりませんが、ジムスタッフとして採用されました。初めは、マシンの使い方から学び、入会したての初心者の方へ案内する日々。長く務めるにつれ、フリーゾーンで毎日のように黙々とトレーニングをするマッチョなおじさまたちと話す機会も多くなったことを懐かしく思い出します。
本書は、そっち、フリーゾーンで黙々とトレーニングをする人が主人公です。
主人公はU野。U野をBB大会(ボディビルの大会)の道へ進むようスカウトするのはO島。パーソナルトレーナのT井。こういった命名の小説を読んだ記憶がなかったので、私にとっては斬新でした。でも読みにくかったので、途中から「ウエノ」「オオシマ」「タケイ」と勝手に脳内変換してしまっていました。
先述したようにジムでアルバイトしていたわりには、あまりにも知らないことが多くて、新しい世界を垣間見たな~という気持ちでした。
本格的な筋トレの仕方はもちろんのこと、大会までへの減量の仕方、大会が近づいたら筋肉を張らせるためにするカーボアップなど、「へ~へ~へ~」の連続でした。
しかしまぁ、ここまでは想定の範囲内。その後、元ミス・ユニバース日本代表というE藤の指導により、ピアスを開けたり、脱毛に行ったり、髪を伸ばしたり、ビキニとハイヒールを調達したり、これまで「女らしい」というところが全くなかったU野ですが、BB大会のために、すべての助言を聞き入れ、行動していきます。そうなんです、BB大会は筋肉さえあればいいのではなかったのです。「女らしさ」をも鍛えていく必要があったのです。なぜ髪まで伸ばさなければならないのか、そうじゃない選手もいるじゃないかと反論するU野に対してE藤が言う「まずはスタンダードを追求すべき。まずは基本を身につけ、基本を自分のものにすること。まずは模倣を極めることが、一流になるための最短コースである。」という言葉は妙に腑に落ちました。この競技はU野が考えるより「ずっとクラシックなのよ」ということらしいです。
BB大会へ向けたU野の生活が、のめりこみ方が続いていく本書ですが、しれっと面白い記述をしてくるところが憎らしいほど上手でした。「ここ!ここ、おかしくない?」というほど声高には言えないのですが、「ぐふっ」と思ってしまうくらいにはおかしいのです。
たとえば、弟の結婚相手との顔合わせのために実家に帰った時のくだりは始終含み笑いをしてしまいます。高級な紅茶をそっとくすねたり、突然髪を伸ばしだした娘には「彼氏ができた」んだろう、突然日焼けしだした娘にはこれまた「その彼氏がサーファー」なんだろうと思っている親とか。しかし、この帰省で筋トレに対する熱量が半端ない娘とそこに(というかそもそも娘への)理解のない母親との溝があいてしまうのですが。
そうなんです、U野の筋トレというかBB大会へのハマり方が半端ではなく、これだけハマられると爽快でした。シンプルに何かに向かって頑張ってる人は(小説は)爽やかだなと思いました。
大会が近づくにつれ、U野の集中力がキーンと尖ってきて、こちらまでなんだか緊張してきました。大会へ向けて一心不乱になりながらも、いろいろと考えこんでしまうU野ですが、それが「らしい」と思いました。E藤にいわれたとおり、「まずは模倣」と素直に従ってきたU野ですが、「笑顔」というところでひっかかってしまいます。そりゃ、真顔やましてや怒った顔よりも笑顔の方がいいのは確かですが、笑いたくもないところで「笑顔をつくる」とは・・・。「女性らしさ」を求められるということ自体に違和感を覚えます。
ラストは意外だったような、そうでもないような、そんな感じでした。
他人からどう見られるか、女性らしくあるためには、などなどを脇に押しやって、ただただ自分の身体を鍛えることに幸せを感じるU野がすごく良かったです。
同僚が貸してくれた時には、他にもいっぱい読むべき本はあるし、(ジムでアルバイトしてたわりには)トレーニングの話なんか全然興味ないし、ホントどうしよう、と思ったけどおもしろかったです。毛嫌いはいかんですね。
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また読書で知らない世界を覗けました!この本を読まなかったら、知る機会のなかった世界だと思うと、本との出会いも貴重だなと思いました。
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