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初めてお目にかかる作家さんでした。第12回日本ホラー小説大賞受賞作ということで、同僚が貸してくれました。ホラーが苦手と前から話していたので、「持って帰らず、昼休みに読んだらいいよ」というアドバイス付きで貸してくれました。ホラーかぁ、とちょっとドキドキしながら読みましたが、思っていた「ホラー」というより、ファンタジーという感じもしました。なんというか妖の世界に足を踏み入れてしまったゾクっとする「ホラー」でした。こういう感覚は森見登美彦さんの作品を読んだ時にもあったな~、小野不由美さんの作品よりは怖くないな~、など、数少ないホラー読書体験を思い返しながら読み進めました。
「夜市」と「風の古道」の2編が収録されています。どちらにも共通するのは、人間が通常入ることのできない空間に迷い込んでしまったということ。そこは神さまや妖怪、死者たちの世界であり、そこにはそこのルールがあり、それは決して破ることができない・・・日本古来の不思議の世界というか、千と千尋の神隠し的な世界というか、はたまた世にも奇妙な物語的なというか・・・
「夜市」はなんとも悲しいお話ですね。複数の世界にまたがる「夜市」でかつて野球の才能を買うために弟を売ってしまった兄は・・・
無駄がなく淡々とした文章で描かれる夜市の様子は、少しぬるっとした湿り気を帯びた夜の空気とともに肌感として迫ってくるようで、脳内には鬼火が揺らめく暗闇が広がるようでゾクっとしました。内容も先が先が気になってしまい、足をもつれさせながら走って夜市から逃げるように読んだ気がします。幼いころに夜市に迷い込んでしまったことが不運だったのか、幼い兄弟はどうやって夜市から逃げ出すのが最善だったのか、全てが終わってしまってどうしようもなくなった後にも夢うつつのように考えてしまいました。いや、今後、「いずみ」がどうにかするのかもしれない、そのために兄はいずみを夜市に連れて行ったのか・・・考えても仕方のないことを考えてしまう切ない読了後でした。
「風の古道」は少年たちのちょっとした夏の冒険といった趣だったものが、一気にいつ終わるとも知れない、異世界での旅となってしまい、一瞬気後れしてしまいました。しかし、主人公同様、もう私も後戻りできませんでした。先が気になって気になって読む手が止まらないのは「夜市」と同じでした。話が進むにつれ明らかになってくるレンの生い立ちが悲しすぎました。カズキのことも私はすごく悲しかったです。その存在や空気感が、怖いのに、なんだか妙に魅力的な「古道」でした。「夜市」よりこちらの方が好きという方が多いのも納得でした。
実はすぐそばに夜市や古道への入口があるかもしれない。絶対に迷い込みたくはないですが、そんな世界があっても不思議じゃないと思いました。解説にあったように、昔からこのような異世界での物語は多く書かれていたことを考えると、実際に体験した人もいるのだろうなんて考えてしまうのでした。
「夜市」も「風の古道」も読み終わってしまえば、それほど長いわけでもなくどちらかというと厚さとしては薄い本で、この短さで、よくこの完成された世界観を書き切ったものだと思いました。そのくらい、読んでいる間は、「夜市」や「古道」にどっぷり入り込んでいました。無事こちら側に戻って来れて良かったです(笑)
良い意味で驚かされた作者と作品でした。怖がりなので、別の作品も読みたいかと言われたら微妙ですが、おススメできる作品でした。
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すごく余韻が残る作品でした。夜市も風の古道も記憶の中にぼんやりと残っている、昔の記憶と錯覚しそうになる・・・そんなふうに思ってしまうほど作者の風景描写は素晴らしかったのだと思います。
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