【読書感想】雪と珊瑚と 梨木香歩

読書

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「21歳のシングルマザーが総菜カフェをオープンし・・・」というあらすじを読んで、ちょっとこれまで読んできた梨木香歩さんにないタイプのようにも感じたし、何より自分自身もあんまり興味ないなぁと思いましたが、「梨木香歩さんの作品を全部読む」というミッションがありますので、購入してみました。

働こうにも子どもを預けるところがなく、途方にくれる珊瑚の前に希望の光のような張り紙「赤ちゃん、お預かりします」が。そうしてくららと出会い、そしてくららの甥で、農家をしている貴行や、その共同経営者時生(元保育士)と知り合い、くららに雪(珊瑚の子ども)を預けることができたおかげで以前の職場であるパン屋に復帰でき、そこで美大生バイト由岐と出会い、由岐は後々オープンすることになるカフェを手伝ってくれるほど珊瑚と仲良くなり、さらにカフェとなる古民家を改装してくれる美大の知人を紹介してくれる。オープンしたカフェにエッセイストがお客として通っていて、そのエッセイストによってカフェが紹介される。それによって、駅ビルへの出店の話もまいこむ。なんというありきたりなサクセスストーリー。
あらすじを述べるだけだと、こんなふうに本当に普通のサクセスストーリーになるのですが、読み終わってみると、やはりひと味もふた味も違う。やっぱり梨木香歩作品だ、と思いました。

人との出会いに恵まれ(そもそも出産の時点でお金がなく、助産婦見習いの友人に赤ちゃんを取り上げてもらえる、というところから人との縁に恵まれてると思った)、野菜をたくさん使ったお惣菜を提供するカフェを開きたいという夢ができ、融資を受けることもクリアし、成功への階段をトントンと登っていく珊瑚ですが、その時々で悩みを相談し、話し合っていく内容が、梨木香歩さんならではという内容なのです。

「施し」を受ける側と「施し」をする側のそれぞれの葛藤。珊瑚は自分が「施される側」にいることに悩みますが、くららにプライドの持ち方もアドバイスされます。特に私にとっては、ここの珊瑚とくららのやり取りが、この本で一番というほどすごく心に残りました。
それから、アッシジの守護聖人、フランチェスコの話から信仰というものについての、これも珊瑚とくららのやり取り。梨木香歩さんの作品から「信仰」は切っても切れないキーワード(というとなんとなく軽い感じになってしまいますが)なんだとつくづく思いました。

珊瑚は父親がおらず、母親のネグレクトに苦しめられた過去があります。想像を絶する心の傷です。融資を受ける際の保証人として珊瑚は数年ぶりに母親を訪ねていきますが、謝罪を受けるでもなく、愛情をかけられるわけでもありませんでした。ただ、母親から珊瑚への「信頼」はあったようです。梨木香歩さんはそんな母親でも、絶対的な「悪」としては描いていません。母性をもたない女性もいる、と。珊瑚がかつて頼っていたスクールカウンセラーにそう語らせます。母性がないのなら子どもを産もうなんて考えないでほしい。あれ、これは珊瑚の言葉だったのか、私が思ったことだったのかもう曖昧になりましたが、珊瑚とスクールカウンセラー(実は珊瑚の母の幼馴染だった)とのやり取りで、子どもへの虐待に傷つき、揺れる著者の思いが透けて見えたのは考えすぎでしょうか。
さらに、パン屋で働いているときから気があわなかった美知恵からの手紙は衝撃的でした。「あなたが嫌いです」という内容にこちらまで一瞬くらっとなりました。誰からも好かれる人なんていないし、相性が悪い人もいる、もちろん嫌いな人もいる。だけど、それを表立って本人に、しかも面と向かってではなく、手紙で一方的にまくしたてるような人がいることが、なんだかすごく怖かった。珊瑚は衝撃を受けつつも、美知恵の指摘が、珊瑚が悩んでいることの核心をついているようでちょっと納得してしまうところがある。なんで美知恵のような人物を登場させたのか、ちょっと作者の意図を考えてしまいました。社会的弱者である珊瑚の葛藤を際立たせるため、というのはまた考えすぎでしょうか。

やはり「梨木香歩さんの作品」でした。読了後、爽やかな気持ちになるでもなく、もちろん暗い気持ちになるでもなく、なんだか気持ちがたゆたうような不思議な心持になりました。

最後に、お惣菜カフェというだけあって、おいしそうな料理がたくさん出てきます。修道院にいた経験があるというくららの料理のレパートリーはどことなく西洋よりで、だけど気取ってなくて、「ちょうどいい」感じ。作ってみたい!と思うものがたくさん出てきました。梨木香歩さん、お料理も得意なんですね、きっと。(こういう時いつも桐島洋子さんの本の「聡明な女は料理がうまい」というタイトルを思い出します。)

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うり子
うり子

自分の境遇を悲観するでもなく、他人に責任を押し付けるでもなく、淡々と前に進む珊瑚には頭が下がる思いでした。それに対して、私はがんばっているの、手を貸してくれる人は手を貸してね、というような「ポーズ」をとっていると指摘してくる美知恵の存在があらためて怖かった。でもこれが現実なんだと思いました。いろんな人がいますもんね、現実には。でも、くららをはじめ、温かな心持の人たちが周りにいてよかった。読んでよかったです。

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