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突然同僚が貸してくれたのですが、そういえば井上荒野さんの作品は読んだことがなかったなと思って、ありがたく読んでみました。
なんだか不思議なお話でした。SFとかファンタジーという意味ではなくて。なのに、すごく地に足の着いたというか、ちゃんと人生を感じられる小説でした。
たぶん不思議な感じがしたのは、ストーリーに対する主要人物三人の年齢のせい。東京のとある町でお惣菜屋さんを営む江子と従業員の麻津子、郁子ともに60歳前後のいわゆるおばさんである。それなのに、江子は「きゃはは」と笑い、麻津子はダーリンとうまくいくことを望み、郁子は「いやーん」と色っぽい声をだしたりする。3人とも年齢が年齢だけにこれまでの人生ままならずにここまできている。江子は意気投合して一緒にお惣菜屋を始めた友人と自分の夫ができててしまい、離婚され、今も夫から精神的に自立できず、たまに二人を訪れたりする。なんだか、痛すぎて「あちゃー」と思うのだけど、人生そんなことになったりもするのかも、なんて思ったりして心の底から江子を「痛い人」とは思えない。麻津子のダーリンはかつて麻津子と婚約しながらも他の女と結婚、そして離婚したような男である。そんなやつを今でも麻津子は待っているようでこれまた「あちゃー」となる。個人的には江子より麻津子が痛いかなぁ。そして、郁子の事情は一番辛い。息子を二歳で亡くしており、そのことで夫を憎みつつ、本当には憎んではいなかったと思うけれど、その夫も前年に亡くしている。人生ままならないもの。本当にそうだとしても特に郁子の場合そう思えるまでどれくらいの時間が必要だっただろうと思いをはせてしまう。
そんなこんなで歳を重ねてきた三人が一緒に働く総菜屋はなんだかんだうまくいっていて、何より美味しそうな料理の数々に、なんだかホッとする。色々な食材と次々に出てくるお惣菜に、地に足の着いた生活を感じるのである。
いい歳した三人のおばさんが米屋の配達の若い進くんを気に入って、なんやかんやと彼を誘ったり、どこまでいっても「あちゃー」なんだけど、やはり憎めない。読んでいてい途中で三人の年齢がわからなくなるようなあれこれがある小説で、不思議な感じがしつつも、なんだか元気がもらえた気がします。
「人生はままならないもの」。
三人三様の中高年の孤独をただの淋しいものとしてだけでなく、噛みしめ受け容れながら、元気にお惣菜屋をやりくりする三人に、こんな人がたくさんいたらいいなと純粋に思いました。三人が元気なのは、美味しいものを美味しいと食べることができるからなのだと思います。恥ずかしながらここに出てくるお惣菜の数々、作ったこともなければ食べたこともないものもたくさんありました。ひとつの食材を前にしたときに三人からポンポン出てくるお料理のアイデアに、これまでの人生きちんと食事をしてきた人たちだとわかります。バタバタの毎日で、凝ったものは作れないけれど、それでも何とか「食」が生活の土台となるようきちんと気を配ろうと思いました。
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暑すぎて「食」に対する意欲がなくなってきているこの頃。やっぱりなんとなく元気もなくなっている気がして、やはり「食」って大事って思うのです。「食」に対する姿勢がちゃんとしているこの三人はだから強いのか、とあらためて思いました。読んだことのないタイプの小説で面白かったです!
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